この記事を読むのに必要な時間は約 2 分です。
悲しいニュースが飛び込んできました!
ゲームデザイナーとして知られている「鈴木銀一郎」さんが86歳でお亡くなりになられました。日本のボードゲーム界の父と呼ばれるほどの人物であったために、この訃報は世間から悲しみのニュースが寄せられています。
そんな鈴木銀一郎さんとは一体どのような人物だったのでしょうか?
鈴木銀一郎さんの訃報とは?
鈴木銀一郎さんの訃報の速報は、6日の夕方に突如報道され注目されています。
第一方の発表は息子さんである鈴木一也さんのfacebookでした。
-in-picture; web-share”>
このように、家族に見守られながらこの世を去った事がわかります。
鈴木銀一郎さんの死因について
鈴木銀一郎さんの死因についてですが、先程紹介させていただきた息子さんのコメントを見ると「老衰」であることが分かりました。
老衰とは、加齢によって多臓器不全になりお亡くなりになるということですので、病気で苦しんだり、大きな痛みなどは伴わないと言われています。高齢者からすれば理想的な最後なのかもしれません。
鈴木銀一郎さんプロフィール
https://twitter.com/mahamayuri/status/1346776285251440640
- 名前:鈴木銀一郎(すずき ぎんいちろう)
- 生年月日:1934年1月6日
- 享年:86歳
- 職種:ゲームデザイナー
- 職業:翔企画取締役
鈴木銀一郎さんの経歴について
鈴木さんは中学時代に声優としても活動しています。早稲田大学高等学院を卒業後、早稲田大学政治経済学部に進学しますが、中退しています。
中退後は家業である「履物商」を手伝い商売というものを学びました。その手腕を活かしバーを経営しますが残念ながら失敗に終わります。。。
その後大手出版社の子会社を経て自身の会社「翔企画」を立ち上げました、自身は常に「日本人好みのテーマで、質の良い国産製品を作れば、商品になる」と考え50歳を超えてから本格的にボードゲーム制作に力を入れます。
日本でブレークしたカードゲーム「モンスターメーカー」はあまりにも有名。その後はボードゲーム界の父と呼ばれるようになりました。
鈴木銀一郎さんの息子は鈴木一也さん!
皆さま、本年も大変お世話になりました。どうかつつがなく、良いお年をお迎えください。 pic.twitter.com/Mup32CFzY3
— 鈴木一也 a.k.a 大司教 (@baelzebub) December 31, 2020
鈴木銀一郎さんの息子さんはゲームクリエイターの鈴木一也さんです。
ボードゲームの父親に対し、コンピューターゲームを取り扱う一也さんは、1979年にレックカンパニーに入社します。
あの人気ゲーム「女神転生」「真・女神転生」シリーズの制作に携わっていいます。1989年に独立し「遊企画」を立ち上げてからは「モンスターメーカー」シリーズを制作して人気を博しました。
ネットの声
-
何でモンスターメーカー話題になってんだ?と思ったら鈴木銀一郎さんが亡くなられたのか……
-
昔、MMリザレクションの大会でお会いさせて頂きましたが、気さくで素敵な方だなと思った記憶があります。 先生が書いて下さった「人生はロールプレイング」・・・この言葉を胸に人生を生きて行こうと思っています。
-
銀一郎先生。僕にとってはTRPGプレイヤーの人だったかな。小林先生のローズリプレイが最初かな? Aマホガンパレリプレイも。RPGamerのリプレイもよかった。
-
思えば、初めてTRPGをしたとき、余った時間で初代モンスターメーカーをしたもんだ。あの世界の雰囲気が大好きだった。久しぶりに浸ってみたいよ。今ならうちの子供もできるだろうか。
-
鈴木銀一郎さんが亡くなられた。モンスターメーカーは私の礎になった作品のひとつだ。
最後に
鈴木銀一郎さんについて書かせていただきました。
鈴木銀一郎さんがお作りになったボードゲームの数々は多くの人達の心の中で生き続けることでしょう。
ご冥福をお祈りいたします。