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志村けんさんが亡くなってから3日が経ち、急遽、志村けんさんの追悼番組が放送され、ドリフターズのメンバーが集まりそれぞれ追悼の言葉を寄せており注目が集まっています。

そんな中、一番注目を集めたのがドリフターズ時代に1番のいじられキャラだった高木ブーさんの追悼の言葉でした。

志村は死なないの、ずーっと生きてる

この言葉に数多くの志村さんファンは涙しました。

その一方で高木ブーさんをテレビで久しぶりに見たと言う方が大勢いたことで高木ブーさんにも注目を集めていました。

そこで高木ブーさんの現在について調べて見ました。

高木ブー プロフィール

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プロフィール詳細
  • 芸名:高木ブー
  • 本名:高木友之助(たかぎ とものすけ)
  • ニックネーム:ブーたん、ロクちゃん、友ちゃんなど
  • 生年月日:1933年3月8日
  • 年齢:87歳
  • 出身地:東京都豊島区
  • 血液型:O型
  • 身長:160cm

 

経歴

6人兄弟の末っ子として生まれた高木ブーさんは中央大学卒業後に、東京ガスに内定していたのですが、それを蹴ってプロのミュージシャンになります、

当時は自身がバンドのリーダーとして「高木智之とハロナ・セレナーダス」を結成し、アメリカ軍のキャンプ地で演奏していました。

そんな時に転機が訪れます。

それは横浜のジャズ喫茶「ピーナッツ」での演奏中にザ・ドリフターズの元リーダーの桜井輝夫さんと後のリーダーのいかりや長介さんにスカウトされ、ザ・ドリフターズに加入しました。

その後は皆さんご存知「8時だヨ!全員集合」や、「ドリフ大爆笑」などで人気を博していましたが番組終了に伴い徐々にテレ部出演は減っていきます。

しかし、2001年にハワイアンバーBoo’s Bar HALONA(ブーズバー・ハロナ)を開店し、オーナーとして活動していました。

プレライベートでは、1962年に一般人女性(福本喜子さん)と結婚しましたが、1994年に妻が脳腫瘍でこの世を去ってからはずっと独身を貫いています。

子供は娘(高木かおるさん)が一人おり、妻に先立たれ一人になるのを恐れた高木ブーさんは娘に嫁に行くことを禁じ、結婚相手と一緒に自身も同居することを望み、実際に実現していることが判明。

優しいご家族に恵まれて幸せですね!

現在は自宅で車椅子生活?

高木ブーさんの現在について注目が集まっています。

調べて見たところ、現在は車椅子生活をしていることが判明!

なんと、2009年に肥満とO脚が原因で変形性膝関節炎で右膝の人工関節置換手術を受けたのです。。。

これが原因でTV出演の時は杖をつかないと歩行に支障が出るまでになっていました。

さらに2011年には左膝も同様に変形性関節炎になり左足も人工関節置換手術をし、手押し車生活を余儀なくされます。

その後はダイエットで10kgの原減量に成功しますが、その後も膝痛は悪化し救急車で運ばれる事態にまで悪化します。

そんなこともあり、自動車の免許証を自主返納したことを公表。その後は足の負担軽減も考え、車椅子でも移動しています。

体重は?

高木ブーさんはドリフターズに出演している時が最高体重でおおよそ90kgありました。

当時は太りすぎで肥満による重度の睡眠時無呼吸症候群だったことも明らかになっています。そんなこともあり、番組打ち合わせ中に大いびきをかきながら寝てしまい、番組が打ち切りになってしまった伝説も持っているほど。。。

確かに、幼い時にみたドリフでは志村けんさんが高木ブーさんの居眠りの様子をネタにしていたことを思い出しました。笑

志村けん追悼の言葉がヤバい!

4月1日に放送された「志村けん追悼番組」で元ドリフターズのメンバーである中本工事さん、加藤茶さん、高木ブーさんらから追悼の言葉があり、そんな中で高木ブーさんの追悼の言葉が世間の涙を集めました。

「志村は死なないの、ずーっと生きてる」

この言葉が世間の注目を集めています!

この言葉、心に響きます。

一緒に歩んできた46年間の深みが感じられます。

ドリフターズが一心同体で活動してきた証拠でしょう。素晴らしい仲間愛に涙が止まりません。

 

最後に

高木ブーさんの現在について書かせていただきました。

志村さんの訃報で落ち込んでいることが気がかりですが、志村さんの分まで長生きしていただきたいと強く思います。